贅沢は敵だ
今日は所用があって、川越まで出ていた。
出かける準備に手間取り、余程予定を一週間ずらそうかと思ったが、そうやって先送りにしたところで後で痛い目を見るのは自分なので、何とか気を振り絞り家を出た。
イヤホンを耳に突っ込みながらバスに揺られていると、どうにも車内が騒がしい。何事かと目を開けてみると、普段では考えられないほど混んでいる。どう見ても観光客だ。どうやら今日は何かのイベントらしい。飛んだ日に外出したものだ。
やはり何かやっているらしく、予定時間を大幅に遅れて到着した駅も沢山の人で賑わっていた。 家族連れというよりはカップルや夫婦、友人同士が多いようだ。
人間、端から有り得ないものに絶望することはないが、あったかもしれないものを見るのは大分堪えるらしい。目の前でイチャつくカップルを見ながら、傷つく自分に気づいて驚いた。以前であれば特になんとも思わなかったものを。
明るい雰囲気に耐えかねて、足早に喫煙所に急ぐ。喫煙所は、ひどく落ち着いた。基本的にみな独りで、黙々とモクを吸っている。この空間だけは、自分を傷つけるものは何も無い。楽しそうな外の空気が嘘のようだった。
結局、一度も会うことはなかった。
それどころか、写真も一枚しか持っていない。
一回だけ、ビデオをオンにして通話をしたことがあったが、それも自分の側だけで、ついぞ動いている姿を見ることはなかった。
送られてきた写真は本人のものだったろうか。伝えられた本名や年齢は本当だったろうか。疑い始めたらキリが無い。
ほとんど情報を明かして貰えなかった。
名前も下の名前しか知らない。どこに住んでいるのかも大雑把にしか知らない。
今にして思えば、最初から長く本気で交際するつもりなんてなかったのではないか。
ここ一年ちょっと、様々な出会いと別れを経験した。
同居までした友人と、訣別した。古いフォロワーと、ブロックし合う仲になった。そしてこの歳にして初めて出来た恋人に、一ヶ月ちょっとで失踪された。
敢えて自分が不利になるような情報も晒した。それでも、そんなことは些細なことだと、それぐらいであなたへの評価が変わる訳では無いと言ってくれたのは、嘘だったのか。伝え合った感情は、所詮子供騙しの言葉遊びだったのか。
どれだけ思うまいと思っても、どうしてもこんなことなら最初からなければ良かったのにと思わずにはいられない。
他人を信じた俺が馬鹿だった。いつだって、自分の傍に居てくれたのは自分自身ただ一人だったのに。
期待すればこそ、裏切られる。傷つく。可能性を見い出せばこそ、絶望する。
明るい未来を期待してはいけない。
スマホのカレンダーには、未だに元・彼女の誕生日が登録されている。